Jun 08, 2009
交通事故で免許点数制度
ゴールド免許を持っている人は、自動車保険料が割引される制度が多くの保険会社にしている。交通事故を引き起こす可能性が低いドライバを判断している。ところが、このゴールド免許を取得するためには免許証の点数、私は大きく懸念される。交通事故違反等、過去3年間の累積点数が基準に達すると、処分が行われていない事故のない違反ならゴールド免許になる。今年4月、長年乗っていたセダンを廃車した。また、15年乗っていた車だ。故障もなく、乗り心地もよかった車を置いて少し残念な気がした。どうかして15年乗っていたのだから、家族の思い出も、この車はたくさん詰まっている。そんな車を廃車するときに自然に涙が流れてきた。最後の車との別れの時にゆっくりと車を見て回る息子。我慢できずに最後に、写真を撮った。行こうと叫んだは、後にも先にもこの車だ。
「J1、横浜M2-1広島」(31日、ニッパ)
広島が踏んだりけったりの9戦ぶり黒星だ。MF高萩の先制弾に、槙野はJリーグ特命PR部長でもあるタレントの木下優樹菜から伝授された「エア・カーリング」のパフォーマンスをしようとしたものの、広瀬主審に止められた。「パフォーマンスだけじゃなくて、相手寄りの笛が多かった」と怒りをぶちまけた。一方で、獲得オファーが届く横浜M木村監督からの「待っとるぞ!!」のラブコールに苦笑いする場面もあった。
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INDYCARシリーズは、カナダのエドモントンでのレースが2011年のIZODインディカー・シリーズのレーススケジュールに復帰することを発表した。
カナダ・アルバータ州にあるエドモントン・シティセンター・エアポートを完全封鎖して行なわれ、ユニークなストリートコースとして知られるエドモントンのレース。昨年の11月に2011年のスケジュールからキャンセルされることがアナウンスされていたが、当初の予定通り、同じカナダで開催されるトロント戦の次のレースとして7月24日に開催されることが決定した。
レースを開催するオクタン・モータースポーツ・イベント社がエドモントン市との協定合意に達したため、例年通りシティセンター・エアポートを閉鎖してレースは開催されるようだ。
INDYCARシリーズのCEOであるランディ・バーナードは、「我々はオクタンとエドモントン市が合意に達してくれたことを非常に喜んでいる。我々は、都市、市長、地元企業やオクタン、そしてこの合意が達するよう働きかけてくれたファンに感謝したい。エドモントンのファンたちがこのレース復帰を楽しみにしていたのを知っているし、彼らのためにすばらしいイベントになるように計画している」とコメントしている。
[オートスポーツweb 2011年1月20日]
WRC世界ラリー選手権などで豊富な実績を持つベルギーのクロノス・レーシングが、2011年のル・マン24時間にローラ・アストンマーチンLMP1で参戦することとなった。
クロノス・レーシングは、ベルギーに本拠を置くチームで、これまではWRCをはじめラリーフィールドで豊富な実績を誇り、2006年にはシトロエン・クサラWRCをセバスチャン・ローブの手で走らせワールドチャンピオンを獲得。また、IRCでもクリス・ミークらを擁し2008年、2009年とタイトルを獲得している。
ラリーに本格参戦する前のクロノスは、主にベルギーでツーリングカーレースを戦っており、今回のル・マン挑戦はそれ以来のサーキットレース復帰となる。
チームは昨年のル・マン24時間とLMSでシグネチャ・プラスが走らせていたローラ・アストンマーチンを所有することとなり、ドライバーのひとりでもあるバニーナ・イクスをドライバーのひとりとして決定しているという。ル・マン以降LMSやインターコンチネンタル・ル・マン・カップ(ILMC)に参戦するかどうかは、予算次第とのことだ。
「我々はこのチャレンジに高いモチベーションをもっている」と語るのはチーム代表のマルク・バン-ダレンジャン-ピエール・モンドロン。
「ル・マンはモータースポーツの中でも神話的なレースのひとつで、その中でLMP1カーを走らせるのは特別なことだ。しばらくの間、我々は耐久レースの舞台に戻ることを楽しみにしていたからね」
「まだプロジェクトは初期段階だが、我々のチームは速やかにプロジェクトを進めることができる。我々はACOとの間で必要な手続きをとり、信頼すべき決定を待っているところだ」
[オートスポーツweb 2011年1月20日]
自動車レースのインディカー・シリーズに3年連続でフル参戦した武藤英紀が、今季のフル参戦を断念したことが18日、分かった。自身の公式サイトで「2011年はインディカーへのフル参戦はしません。ただ、条件が合えばスポット参戦は考えています」と表明した。チームを移籍して戦った昨年は、総合18位と不調だった。
武藤は同シリーズに08年からフル参戦し、同年の新人王に。米アイオワ州ニュートンのアイオワ・スピードウエーとは相性が良く、08年に日本人史上最高の2位に入り、09年も3位に入った。
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